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科学論文におけるオーサーシップと著作権(コピーライト)

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最近、身の回りでも論文の著者に誰をいれるか問題がちらほら出ている。
運用ルールだったり倫理観だったりが人によってばらついており、なんとかして共通見解をつくっていかないとダメだと思いつつ本稿を執筆する。
現実問題としては、どろどろの学内政治だったり、教員—学生間の非対称なパワーバランスだったりが複雑に絡み合っているのだが、今回は制度面の話だけをしようと思う。


オーサーシップについて

科学論文を書いて、投稿する段になってもめ事が起こる大きな原因の一つに「誰を著者にするか」という問題がある。通常は、当該論文を執筆するに当たって構成に対して何らかの寄与があった者が著者として挙げられる。分野によって多少の違いはあるが、だいたいは同じである。
例として、ICMJE(医学系ジャーナルのエディター)が発表している基準をリンクしておく。

ICMJE | Recommendations | Defining the Role of Authors and Contributors

ここには具体的に著者となるための条件として以下のものが挙げられている。

・Substantial contributions to the conception or design of the work; or the acquisition, analysis, or interpretation of data for the work; AND
・Drafting the work or revising it critically for important intellectual content; AND
・Final approval of the version to be published; AND
・Agreement to be accountable for all aspects of the work in ensuring that questions related to the accuracy or integrity of any part of the work are appropriately investigated and resolved.

つまり、
1. 研究の設計・進め方、データの解釈・取り方に一定の寄与があること
2.本質的な執筆作業に関わっていること
3.最終版の内容に合意していること
4.当該論文についての問い合わせに対して説明責任を負うこと
の全てを満たすことが著者として名を連ねるための条件としている。

また、これ以外に単なる資金提供者や研究チームの組織上の責任などは上の条件を満たしていない限り著者ではないとし、謝辞で言及すべきだと提言している。詳しくは上のリンクから原文を参照いただきたい。同様に、測定装置の管理者やデータ取りの為のテクニシャンも著者に入らないと考えるのが妥当であろう。
これ以外にも筆頭著者(First author)、連絡著者(Corresponding author)、責任著者(Last author, Seiner author)は誰がふさわしいか等の問題もあるが、本稿では触れないことにし、後日別のエントリーで言及しようと思う。


著作権について

法的見解

著作物は法律によって保護されることは周知の事実であり、著作権、著作物といった言葉はだれでも聞いたことがあると思う。しかし、その知名度に反して著作権法における定義や運用についてはあまり知られていないのが現状である。日本において施行されている著作権法の保護対象となる著作物は、大原則として著作権法第6条(以下、著n条と表記する)に該当しなければならない。

著作権法第六条  
著作物は、次の各号のいずれかに該当するものに限り、この法律による保護を受ける。
一  日本国民(わが国の法令に基づいて設立された法人及び国内に主たる事務所を有する法人を含む。以下同じ。)の著作物
二  最初に国内において発行された著作物(最初に国外において発行されたが、その発行の日から三十日以内に国内において発行されたものを含む。)
三  前二号に掲げるもののほか、条約によりわが国が保護の義務を負う著作物


つまり、外国語によって発表される科学技術論文であったとしても、日本国人が発表する論文は基本的に日本の著作権法で保護されるべきである。しかし、法律はそこまで単純ではない。ネックとなるのは、科学論文が「著作物」として認められるか否かである。著2条1項には次のように定義されている。

著作権法第二条
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。


これに対して、科学論文の著作物性が争われた裁判として、「大阪高等裁判所判決 平成16(ネ)3684」がある。以下に判決文の一部を抜粋する。

自然科学論文,ことに本件のように,ある物質の性質を実験により分析し明らかにすることを目的とした研究報告として,その実験方法,実験結果及び明らかにされた物質の性質等の自然科学上の知見を記述する論文は,同じ言語の著作物であっても,ある思想又は感情を多様な表現方法で表現することができる詩歌,小説等と異なり,その内容である自然科学上の知見等を読者に一義的かつ明確に伝達するために,論理的かつ簡潔な表現を用いる必要があり,抽象的であいまいな表現は可能な限り避けられなければならない。その結果,自然科学論文における表現は,おのずと定型化,画一化され,ある自然科学上の知見に関する表現の選択は,極めて限定されたものになる。
したがって,自然科学論文における自然科学上の知見に関する表現は,一定の実験結果からある自然科学上の知見を導き出す推論過程の構成等において,特 に著作者の個性が表れていると評価できる場合などは格別,単に実験方法,実験結 果,明らかにされた物質の性質等の自然科学上の知見を定型的又は一般的な表現方 法で記述しただけでは,直ちに表現上の創作性があるということはできず,著作権 法による保護を受けることができないと解するのが相当である。


つまり、研究活動という知的活動に関わらず、論文に書き記される文章は自然法則から導き出される事実を論理的且つ端的に表現したものであるため、「思想又は感情を創作的に表現したもの」にはあたらず、著作物として認められないのである。

出版社の見解

論文を投稿する場合、著作権は当然(あるとするならば)著者に帰属している。そこで、出版社は論文を受け付ける時には当該論文の出版権(出版社によっては著作権全て)を出版社に認めるように求めている。このような例として私にとってなじみある Royal Society of Chemistryでは、以下のようにHPに記載されている。

Use the links on the left to find all you need to know about copyright and requests for permission to use Royal Society of Chemistry or third party material.

Find out about copyright, agreements for publishing with us and what rights you retain under those agreements.

Locate permission request forms for Royal Society of Chemistry and non-Royal Society of Chemistry material.


つまり、法制の面からみれば、「論文はほぼ事実のみしか書かれてないから表現じゃない。著作権は認められない」となり、運用上は「ないかも知れない著作権だけど、一応出版社側に譲渡しといてね」ということだ。
どちらのスタンスも、「著者に権利は認めない。後で訴えられても困るし」なんて本音が見え隠れしている(ように私には思える)。

論文を書く「産みの苦しみ」を知っている分、あまりに研究者が権利的に報われない現制度にもやもやする気持ちはあるが、運用上の安定性を確保する点ではこれしかないのかという感もある。出版関係の権利保護が叶わないのならば、知的創造に関する権利だけは研究者に絶対の保護が与えられる制度が実現することを願うばかりである。

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